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ウオッカ [MY SWEET HORSES]

 毎日王冠を初めて見に出かけた。
 府中は私には遠い。アウェイ感が強い。中山競馬場は、ひとりで出かけてもなんとなく自分の居場所を作れる気がするし、場内の動線がアタマの中に入っている。

 スタンドの改修工事もあり、余計にわからなくなってしまった東京競馬場に、久しぶりの競馬を見にひとりで行くのは少しさびしいと思ってしまった。何とか友人を確保し、ウオッカと武豊騎手に会いに行く。




 府中の長い直線は、本当に長くて長くてたまらなかった。あと数メートル、ゴール板が手前にあったなら、と思った。
 馬券はもちろん外れた。彼女の単勝と彼女からしか買っていなかったからだ。あの一件から私は、アドマイヤ馬券を買うことはなくなった。自分の競馬への気持ちは年を経るにつれ、ギャンブルから遠ざかる。

 それでもただただ。彼女が無事に戻ってきてくれたことにホッとした。
 次の天皇賞が、本当に楽しみになった。






*****







 11月2日(日)―
 緊張していた。駅伝やラグビーを適当に見ながら、時間を待っていた。15時20分を過ぎるころ、NHKにチャンネルを合わせた。本馬場入場でウオッカは、黄色い勝負服の武豊騎手と一緒に、競馬場の雰囲気を味わうようにゆっくりと、馬場を歩いていた。


 今年のダービー馬・ディープスカイが1番人気だろうと思っていた。前哨戦・神戸新聞杯を危なげなく勝ち、56キロと斤量ももらっている。ダイワスカーレットは、当初からここが初戦ではあったけれど、休み明けではどうか、と思う。ウオッカは、毎日王冠を2着に負けた。2番か3番人気なら、少しは気持ちも楽になる、と思っていたのが本音だった。

 3頭が抜けた人気も、その1番人気はウオッカだった。天皇賞の勝ち鞍が多く『盾男』の異名も持つ武豊騎手の上乗せ分か。苦しくなった、と正直思った。









 ダイワスカーレットがハナに立つ。淡々と走る彼女の背中をウットリ眺めていたら、ゴールまでそのままだ。どんなエネルギーが、どんなふうに彼女を走らせているのか、ただ見ているだけではわからない。彼女が慌てふためくところを見ることはなく、そして、彼女のタービンが思いっきり回るところも見たことはない。

 中団より少し前めにディープスカイ。虎視眈々、という文字がふさわしい位置取り。そのすぐ後ろにウオッカ。毎日王冠ではスタートを上手に出すぎて先行した。1ハロンとはいえ距離が延びる。長い長い最後の直線で、彼女の脚が一番生きる形を武豊騎手は選択する。
 速い時計で流れる前半、それでもディープスカイもウオッカも、あふれそうになるエネルギーを、グッと我慢して最終コーナーを回りきる。



 一歩目が先に出たディープスカイ。並ぶ間もなく、半身前に出る。勝った、と思ったあのダービーを思い出す。
 内ラチ沿いを走るダイワスカーレットの脚が少し鈍る。キレはウオッカの方が完全に上。いつ突き放すか、と拳を握り締めようとしても、粘るダイワスカーレットが画面から絶対に切れない。隣のディープスカイも食い下がり、ゴール前の200メートルは壮絶な叩き合いになる。

 ダイワスカーレットが馬群に沈み、ウオッカの前に誰か他の子がいたのなら、私はたぶん、こんなにもウオッカの勝利を願ったりはしなかっただろう。最後はもう出る声に意味がなく、ゴールの瞬間は悲鳴になった。









 ダイワスカーレットには、絶対に負けられない。









 電光掲示板には、5着3番の表示だけが灯る。タイム1:57.2 の上には赤く“レコード”の文字。日本の馬場は時計が速く、2000メートルを2分を切るタイムも珍しくはない。それでも57秒は“レコード”でなくても速い。
 僅差の着差だ。時計はたぶん、誰にも同じく記録されるが、『勝ちタイム』は、1着馬にのみ贈られる称号だ。
 天皇賞勝ち馬と、レコードタイム、そして彼には今年2つめのGI勝利。ウオッカでのGI勝利―ノドから手が出るほど欲しかった。



 ゴールの瞬間、涙が止まらなかった。ダメかもしれない、と思った。何度となく流されるリプレイを見て、ダイワスカーレットじゃないか、と思う自分を必死で否定した。
 ダイワスカーレットの2着と、ウオッカの2着は全く違う。ウオッカと武豊騎手にとって、2着はもう何着でも同じことだ。彼らには1着しか意味がない。というより、ダイワスカーレットに勝つことしか意味がない。





 地下馬道から検量室へ。一足先に戻ってきたダイワスカーレットが1着馬の枠場に入る。調教師をはじめ、関係者が笑顔で安藤勝騎手と彼女を迎えている。しかたなく隣にウオッカを進め、彼女から降りる武豊騎手に笑顔はない。


 長い長い判定時間、「生きた心地がしなかった」と、答えていた武豊騎手。
 じっと待っていることができない。このまま結果を知らずに出かけ、知らないまま眠りについたらいいのかもしれない、とも思う。こんなに長く考えるのなら、いっそ同着にしてくれ、と祈るように思う。
 何度も繰り返し、ただもうひたすら思う。ダイワスカーレットは2着でも痛くも痒くもないはずだ。ウオッカと武豊騎手には、この勝利がすべてなのだ、と。






 画面に映された電光掲示板から、“写”の文字が消えた。息をのんで、次に表示される文字を待つ。
 一番上に輝いた“14”を見て、信じられない気持ちでいっぱいになった。あんなにも望んでいた結果なのに。



 嬉しくて、ものすごく嬉しくて大泣きした。最近、ドラマを見ては泣き、小説を読んでは泣き。しょっちゅう泣いている私だけれど、久しぶりに、ものすごく嬉しくて大泣きした。

 泣いているうちに、彼らのすごさと強い思いと、絶対に負けられないという血の滲むような決意が私を満たしていった。GI 3勝はダイワスカーレットにひけをとらない。それどころか、彼女はダービー馬なのだ。それなのに直接対決での分の悪さ(チューリップ賞の1勝のみ。有馬記念でダイワスカーレット2着、ウオッカ11着など)で、ダイワスカーレットの方が、強いように言われてきた。
 彼女に直接勝たなければ、ウオッカの強さは認めてもらえない。こんなにも強いのに、こんなにも彼女は美しいのに。絶対に勝たなければいけないレースだった。このレースを勝つか負けるか、この写真判定の結果が、彼らのこれからのすべてを決める、と思った。

 それはもう冗談でも言い過ぎでも何でもなく。この1勝は、数字の上では『1』にすぎないけれど、大きな大きな意味と、価値のある『1』。今年のいろいろなところで苦しんでいた武豊騎手の、これまでのしんどい部分のほとんどを払拭する1勝、心の底から欲しかったウオッカとの1勝。レコードタイムでの勝ち鞍、ダイワスカーレットに勝った一戦、それが秋の天皇賞という大舞台。




***





 泣きはらした顔で外に出る。
 ぼう、っとしたまま歩いていく。
 思い出すたびに、夢のようだ、と感じる。夢じゃないよな、と思う。

 夢じゃない、あれは本当なんだ。
 そう自分に言い聞かせるように思えば、喜びが体中に広がった。

 ああ、なんてすばらしいんだろう。あんなレースは、そうそう見られるものじゃない。7cm差で負けた有馬記念も、こんなにはならなかった。あのときは負けたから…悔しい気持ちは覚えているけれど。
 このレースは一生忘れない。嬉しくてたまらない。夢のようだ、といつまでもきっと感じて、夢じゃないんだ、とそのたびに嬉しく思うんだろう。





 父タニノギムレットから続く、愛しくてたまらない存在。
 彼女と武豊騎手が見せてくれる本物。
 『一生忘れられない』と感じるレースを見ることができる自分を幸せだと思う。
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放蕩息子

久々の更新ですね。

毎日王冠も天皇賞も現場で見てましたよ。

つらつらと綴ったんで詳しくはそちらを読んでもらうことにして。

まぁ昨日に関してはウオッカもダイワもすごかった!! かな。

馬券抜きにいいもの見れた…なんだが、個人的にはカンパニー3着ならよかったかな。
by 放蕩息子 (2008-11-03 10:54) 

柊なお

放蕩息子さん~
お久しぶりでございますッ コメントをいただきながらの放置、本当に申し訳ございません……。もうもうもうッ ひどすぎですよね(涙)
先月アタマから1カ月、ずっとバタバタで。土日は休んではいたのですが、「もう休ませてくれよ」状態で何もせず。というか家マシンの調子も悪く、自室でPCを触れなくなり。
ふふふ、言い訳ばかりは尽きませんわ(遠い目)

ただ、本当に天皇賞はすばらしく。今年一番スポーツうれしかったこと、です。
by 柊なお (2008-12-09 14:30) 

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