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motoGP 第15戦:日本 [**Valentino ROSSI]

 過去2度のmotoGPクラス観戦は、スタートの轟音を近いところで聞きたいと、スーパースピードウェイで観ることにしていた。マシンがS字を通るときには土手に上がり、ダウンヒルを一直線に降りていく背中を目を眇めて観て、グランドスタンド前を通過するのを、スーパースピードウェイから再び観る。

 90度コーナーをじっくり観られるZ席を取っているので、しばらくしてからそちらに移動していたのだけれど、2005年にはその途中でヴァレはマルコメと転倒、グラベルに倒れたマシンとふたりを観て、言葉がなかった。
 2006年は無事にZ席へ戻り、ロリスの独走を観ることになる。今年もそうしようかと思っていたものの、250ccクラス終わりに、ダウンヒルストレート途中の土手の上にいると、サーキットのいろいろが見渡せることを知り、どこへも行かず、レースすべてをずっと観ようという気になった。



 スタートの轟音を少し遠くに聞き、色とりどりのマシンが帯のように流れるのを見つめる。S字、V字、ヘアピン、ダウンヒルストレート。トップで目の前を駆け下りていったのは、赤とオレンジの鮮やかな26番だった。

 2番手スタートのヴァレは、相変わらず慎重なスタートぶり。積極的に前に出る各マシンに間に入られ、まるでわざとそうしたかのように前にマシンを置くことになる。深紅のマシンは綺麗なスタートから、慌てず騒がず、好位につけた。

 場内放送は、そこかしこのスピーカーから流れているけれど、エキゾーストノートにかき消され、ほとんど聞こえない。目の前を追えば状況はわかるけれど、ライムグリーンの彼がフライングしたことや、彼にペナルティが与えられていることなどはわからない。
 『ダニエルさん、がんばって』と祈るように思う気持ちは、まるで通じず、あっという間に赤いモンスターがトップに踊り出る。続くネイビーのマシンはマルコメのものだ。彼もそろそろひとつぐらい勝っても罪はない。ズルズルと下がるレプソルを尻目に、ブリヂストン2台は走っている。
 ヴァレは、まだなおケイシーに遠く、路面状況の悪さを考えれば、苦しい展開を強いられ、観ている私にはきっと、ため息しか出ないレースになるんだろうと肩が落ちた。








 路面は、徐々に乾き始めていた。

 最も難しい状況だ。ウエットなら最後までウエットでいてくれる方が、ライダーにもチームにも楽だ。ドライでない、というだけなのだから。突然降りだす雨や、こんなふうに途中から乾いていく路面は、レース・コンディションが変わり、それに対応しなくてはならなくなる。
 ウエットに変わる方が、いくらかマシだろう。ドライタイヤではスピードを落とさざるを得ず、危険も大きいため、誰もが我慢することなく、マシン・チェンジを最優先するからだ。

 しかし、ウエットからドライは、行けるところまで行こう、と思ってしまいがちだ。トップ・グループにいて、バトルできる展開ならなおさらだ。相手の状況を見て、これなら前に出られるかも、と思えば彼らは、自らの足元で同じことが起こっていても、アクセルを緩めることがたぶんできない。
 その瞬間だけ諦めて、ピットレーンを戻る方が、後から考えれば正しい判断だとしても。コースを走っている彼らに、何が“正しい判断”なのか、その時に伝えることは難しく、彼らにもたぶんわからない。

 マルコメが先頭に立ち、ケイシーが追う。2台は抜けてトップを走っていた。ダウンヒルストレートを一直線に走る彼らの後をヴァレが行く。その距離は遠く、とても追いつけそうに思えない。
 『追いつけない』と思う私のアタマには、すでに絶望しかなかった。ただもう無事で、チェッカーを受けてくれたらいい、と気の抜けた思いしかなかった。だから彼がコーナーで差を縮めていることに、しばらく気がつかずにいた。

 彼がケイシーをパスして2番手に上がったとき、どうしたらそうできるのか、不思議でしかたなかった。彼はそうやって何でもないことのように、マシンを走らせてしまう。そして、そのままの勢いで、トップのマルコメを捕まえに行く。90度コーナーからアンダーパスを通ってビクトリーコーナーの立ち上がりで並んだ。イン側にいたマルコメが、その瞬間右に逸れた。

 「しまった」

 メインストレート、グランドスタンドの視線を一身に集めたまま、彼はグルリと後ろを振り向く。
 まるで。謀ったかのようにマルコメは、その瞬間を待ち構えていたかのように、ピットレーンに進路を変えた。ヴァレを遠ざけるように、彼に同じことをさせないように。

 魔法が解けていく、すべてにヴェールをかけていた魔法。ただ前だけを見るための魔法。いつもなら両手を広げて、ふわりと抱きしめてくれるはずの空間が、白々しく彼を見つめる。雨で冷やされたアスファルトは、彼を受けとめてくれない。

 もう1度、後ろを振り向いたヴァレは、1コーナーを曲がりこんだ。後ろには誰もいない。シールドの下で、彼は何を思っただろう。
 そしてダニ・ペドロサは、チームの用意したもう1台のマシンに、跨ることすらできなかった。













 ケイシーをかわし、マルコメをパスして。苦手なもてぎで、苦しい状況で、なんてレースをするひとなんだ、と改めて彼のすごさをまじまじと感じていた私に、グランドスタンド前、ピットレーンの動きなどわかるはずもなかった。
 トップに立った瞬間、それが仕組まれたトラップだと思った彼がたぶん、この日のすべてを諦めた時を私は知らずにいた。

 高くそびえるタワーの電光掲示板をカメラの望遠レンズから覗く。一番上にある数字は“46”であるはずなのに、“65”が灯っていた。それがどういう意味なのか、全くわからなかった。そして、“26”がなくなっていることにも、その時すぐに気づかなかった。

 何が起こったんだろう、と誰がトップなのかすら、目の前を駆け抜けるマシンではもうわからない。トップだったはずのヴァレの前後にマシンがいる。気がついた時にはもう、ヴァレの黄色が鮮やかなマシンは、レース前半に見せたキレをすべて失ってしまっていた。






 呆然としながら、ヴァレだけを追いかける。私にできることは、もうそれだけだった。








***









 もてぎ3連覇を成し遂げたミカ・カリオに続いて、ロリス・カピロッシが“もてぎ最強”を証明し、チームメイトのケイシー・ストーナーの年間チャンピオンをアシストした。
 前日までの2日間、暑さに対応しきれず苦しんだブリヂストン勢が、気温の下がった決勝レースで鮮やかによみがえる。ミシュランは9位に入ったニッキーが最上位、という惨憺たる結果に終わる。

 最初のピットインから復帰したヴァレは、ロリスに次ぐ2番手だった。が、タイヤに異常を感じて再度ピットインしてしまう。レース直後は、タイヤに不具合があった、と話したヴァレ。濡れた路面でタイヤが冷えて、力を発揮できなかった、という結論に落ち着いたものの、難しい状況にうまく対応できなかった、というのは事実だ。

 ミシュランは昨年までのタイヤ・レギュレーションにおいて、フランスの自社工場から、レースウイーク中のサーキット状況やチームの要望に応じて、最適と思われるタイヤを作り上げて結果を出してきた。
 常に最新のリクエストを受けて迅速に対応するため、ミシュランはピンポイントで作用するタイヤをさまざまな条件下で用意していただろう。より精度を高めるために、対応温度の幅も相当小さくしていたと思う。条件を細分化した方が、難しいコンディションにも適応させやすいのは自明の理だ。

 昨年まではそれでよかった。いくらでもタイヤを用意することができたからだ。使わずに無駄になろうが構わない。持って帰って、またの出番を待てばいいだけの話だ。
 だが、タイヤの持込本数が制限され、レースウイーク中のタイヤの入れ替えも禁止されてしまった。公式セッション用にフロント14本、リア17本の計31本(レインタイヤ除く)で、すべてをまかなわなければならず、それも1回目のフリープラクティスが行われる前日12時から17時までに申告し、持ち込まなければならない。

 適用されるメーカーは、ミシュランとブリヂストンで、ともにかなり厳しい条件ではあるが、ミシュランのヨーロッパ戦線においては、翼をもがれる決定だと言える。本数制限はなくとも、ブリヂストンに出先機関はなく、用意したタイヤで間に合わせなくてはならない状況は変わらなかったはずだ。たぶん、ミシュランより対応範囲の広いタイヤを製作していたのではないかと思う。
 どこか不器用で、だけどタフだった。去年までのブリヂストンにはそんな印象がある。極端なコンディションでは、ブリヂストンはミシュランを凌駕していた。レース中にタレることも少なく、“STOP & GO”なサーキットでは、性能をよく発揮した。


 翼をもがれたミシュランと、ヨーロッパ戦線では五分になったブリヂストン。マルコ・メランドリは今季、グレッシーニ残留の条件に、ブリヂストンを挙げるほど求められるタイヤに成長した。それに応えるべく、さらに良化したブリヂストンと、800ccにいち早く対応するマシンを作り上げたDUCATIの完全なる勝利に、“Japanese Brand”は完敗した。

 そして。これまで勝利の喜びをひとり占めしていたヴァレンティーノ・ロッシは、2年連続で年間チャンピオンの座を逃した。残り3戦、どんなレースを見せてくれるのか、ミシュランは来季に希望を残せるのか―。誰がトップに立つかではなく、一方的なレースを見せられるのは、もうごめんだ。




 ■追記
 ノリックが事故で亡くなった、という。
 まだ何がなんだかわからない。

 ヴァレはまた、とても好きなひとを亡くしてしまった…

 ウソならいいのに、全部


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コメント 7

あき

はじめまして。
単二さん、maniさんのところで以前よりお名前はお見かけしていたのですが、
書き込むタイミングが計れず、今日になってしまいました。

motoGPはTV観戦していましたが、大変なレースでしたね。
私もロッシを応援していたのですが、あの状況でピットイン、マシン交換は、
かなり難しいでしょうね。素人の私が言うものおこがましいですが・・・。

阿部選手はUターン禁止の場所で、Uターンしてきたトラックに巻き込まれたとか。
同じバイク乗りの端くれとして、残念です。悔しいです。
今はただご冥福をお祈りするばかりです。
by あき (2007-10-08 09:16) 

あき

すみません。
改行がうまくいかず、見にくくなってしまいました。
最初から、失礼しました。
by あき (2007-10-08 09:21) 

かみさま

ノリック残念でなりません・・・
ホンダ時代からのファンでしたから
彼の走りをまだ見たかった・・・
by かみさま (2007-10-08 10:00) 

HIRO

こんにちは。
今年は、A席の上の方を取って居たので、正面にビジョンと左手にゴールラインの残ラップ表示とピット状況を見られる位置に居て、場内放送も偶に爆音で途切れる以外は良く聞こえて、殆どDUCATIのチーム監督になったつもりで観てました(笑)

昨年、一昨年とは、異なり公式練習や予選ではふるわなかったDUCATIの2台ですが、タイヤ制限と決勝日の天候予測を秤に掛けて居た節もあります>予選日の夕方、DUCATIのチーム監督のスッポ氏がBSのプレハヴに行っていたのを目撃しましたが、打ち合わせだったのか...

F1と異なり、無線が使えないバイクレースは、ピットサインとライダーの判断がこういうレースでは大事になるので、(ケーシーが入ろうと思った直前にピットサインでチームから指示が出ていてホッとした...と言ってました)難しい所ですね。
ライダーの力量だけではなく、メーカーやチームの力も試されるのがGPのシビアな所だと思います。

ノリックの件は、先程、知りました。
先日の日本GPのパドックで、サインしてるのを見たのが、最後になってしまいましたが、残念です。
ルール無視のトラック相手と言う事で、人ごとでは無いので、気を付けたいと思います。
by HIRO (2007-10-08 10:35) 

のらねこ

もてぎでのロッシは、
乗り換え後のピットインがなければ、
まだ充分、勝ちに行けたように思います。
それだけに、タイヤが合わなかったのが残念です。
でも、そういうのも含めてレースなんですよね。
2年連続でチャンピオンを逃したけど、
まだまだ、ライダーとしての能力、実力は飛び抜けてると思うんで、
今年の残りレース、
そして来年に期待ですね。

ノリックは、
デビュー戦を鈴鹿で観たりと、
多少なりとも思い入れもあって、
かなりショックです…。
御冥福をお祈りします…。
by のらねこ (2007-10-08 15:28) 

ノリック急死にはこちらも言葉を失いましたよ。
こちらは父ちゃんの方が馴染み深いんですが・・・
不運の一言ではかたずけたくない出来事ですよね。
by (2007-10-09 15:27) 

柊なお

 あきさん♪
 はじめまして~vv ワタクシ、単二さん&maniさんには、もーうめっちゃお世話になりまくりです。そんなですけど、どうぞよろしくお願いいたします!!

 もてぎ
 本当に…。大変だったですわあ(ふー)
 雨はどんなスポーツでも、ちょっとしんどいです。ワタクシ、競馬もかなりのクチなのですが、雨降りだと心配が募りますことよ。

 ヴァレンチーノは、3番手だったときに入れたらよかったのですけど…。少なくともふたりと同じタイミングでは入っておかなくちゃならなかったですねえ。
 でも、ケイシーより1つでも前でチェッカーを受ければまだ勝負は終わらなかったから。パスして、マルコメもイケる!って思っちゃったんですねえ、きっと(笑) 何度も振り返って、しまった、ってシールドの下でしかめつらしたのが見えるようでした。

 ただ、タイヤがあんまりいい状態じゃなかったみたいだし。いつ入っても同じだったのかな、と思うと、またそれも切ないですわ。

 ノリックのことは。まだよくわからなくて。ウソみたいで。今度のG+で、また解説に出てくるんじゃないの?なんて思って。あんまりにも呆気ないから。ホント、腹が立つばかりです。何であんな、ひとりぼっちで、って。ああいうふうにいなくなっちゃいけない人なのに。


 改行は、ブラウザによって時々うまくいかないみたいです…ごめんなさい~ッ
 入力欄に、タタタタ~と、そのまま書き込んでみてください~。たぶん、ダイジョブのはずッ

 かみさまさん♪
 この間、maniさん&単二さんところで、2004年のmotoGP総集編を見せていただいたのです。ノリックね、インタビュー入ってたの。普通に話してた。淡々と、あっけらかんと。
 「いやー、マシンの調子がね~」なんて。

 本当に本当なのかなあ。まだよくわからないなんて、やっぱりおかしいのかな…。
 こんなことなら日本になんか帰ってこなくてよかったのにッ、とか。言っても言ってもしかたないことに八つ当たりしたくなります。

 HIROさん♪
 大きな舞台になればなるほど、マシンと運転者だけでは勝つのはとても難しいし、勝ち続けることはできないですよね。F1も、強いところはピット作業が早いし。ミスがないし。
 YAMAHAもHONDAも、今シーズンに関しては、まずマシンそのものをしっかり作ることができずにいた。ミシュランのレギュレーション変更への対応のマズさもあって、2メーカーのワークスは苦戦を強いられました。

 この厳しさを来シーズンにしっかり生かしてほしいです。YAMAHAはヴァレに頼りきりなのはやめてほしいな。HONDAはまあ……相当、ギツギツに頑張ってくると思うので、放っておいてもいいかな、なんて(笑)

 誰が勝つか、最後までわからないレースを見せてほしいのです。ドキドキするような、シビれるレースで魅せられたいのです。

 ノリックの事故は、公道でのこと。私たちみんなに起きうる事故です。左車線からいきなりUターンするなんてありえない、と思いますが、そういうドライヴァーがいることの現実。本当に気をつけなくちゃいけませんね。

 のらねこさん♪
 2度目のピットイン…本当に。バージェスさんも『ヴァレは戻ってこなければよかったんだ』と、おっしゃったとのこと。でも、どうにも違和感があって、“なんかヘンだッ”って、慌てて戻ってきたんだろうし…。ミシュランは最初、タイヤがなじむまで、時間がかかるんですよねえ(ふー)

 ワタクシの中では、やはりヴァレがNo.1なのは変わりませんわ。疑うところなく、ただひたすら、彼が一番です。だから、ちゃんと戦えるだけのマシンを作ってほしいと思うのです。彼が困らないぐらいの、パワーのある子を。
 フィリップ・アイランドはヴァレも好きなサーキット。『失うものは何もない』って開き直ってるし、ノリックのこともあるから……。彼は絶対に勝つと思います。信じて観ていればいい、って。思ってます。

 放蕩息子さん♪
 いつまでもいつまでもぼんやりしちゃいます。で、思いだすとジワッと来て。なんかまだ本当に実感ないし、おかしいなあ、って何かが足りない感じのままで。努めて冷静に、じっくりゆっくり考えると、ああ、そうなんだよね、って思う自分が遠くにいる感じです。

 事故って…。突然だけど。
 かたずけられない出来事です(涙)
by 柊なお (2007-10-09 22:42) 

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