尾道のドビン [SPITZ]
ガイドブックに小さく載っていたドビン。会えるなんて思ってなかった。
お昼から坂を上がったり下りたり、静かなお店で桜の紅茶を飲んで、じわ~っと温まってみたり。途中で出会った小さいニャンを構ってみたり。お腹が空いてるみたいで、私たちの足元をウロチョロうろちょろ。思わず抱き上げて、ほおずりしたくなったけど…。
連れて帰りたくなっちゃうから。でもできないから。ごめんね、ごめんね、って思いながら、近所のおうちで何かもらっておいで、って背中を見送りました。
千光寺へ行こう、ってロープウェイに乗って。あ! その前に『つたふじ』で尾道らーめんを食べたんだった。美味しかったです。うで玉子を添えられる、って気づかなくて、普通に食べちゃったんだけど…うでたまスキーとしては、ちょっともったいなかった気が。今度はきっとねッ
夕方近くになって、日が翳って、肌寒くなってきて。それでもいろいろ見て回って、写真を撮ったりして、尾道を詠んだ歌を興味深く見ながら、下りていく帰り道。
『プティアノン』のお店の前で、まあるくなっている茶色いわんこ。
首輪をしていて、お店のわんこなのかな、って。そおっと近づいて、首輪についていた名前を読んだ―“ドビン”
わあ、この子がドビンなのね! どんなわんこでも会えたら嬉しい。だけど、尾道で一番有名なわんことの予期せぬ出会いは、とても嬉しくて、跳ね回っちゃいそうでした。
彼がソフトクリームを買っている間、ほかの女の子たちに写真をねだられているドビンを少し離れて見つめながら、私ももっとサワサワしたいなー、なんてウキウキして。
小旗を持ったバスガイドらしきお姉さんと、そのツアーなお客さんたち。お姉さんが目ざとくドビンを発見。彼女の説明を耳にするまで、私はドビンについて、何も知りませんでした。
知ってよかったのか…。でも、あの時は知りたくなかった、って強く強く思ってしまった。何でそんなこと、私に言うんだよーって(勝手に聞いてただけですけど)。
そうだったんだ、って思って。でも彼には言わずにいました。
歩き出した私たちを追い抜いて、ドビンが前を歩き出す。
トコトコとことこ…私たちが食べるソフトクリームに目もくれず。
小さな公園に入っていくドビン。いっしょに入ってみる私たち。時々振り返る。“ついてきてる?”の確認。うん、うちの楓もよくそうする。ついてってるよ、大丈夫。答える私を、ヨシヨシな顔で見てくれる。
大きな石を組んで作った階段。昇ってみたりする。追いかけてきたドビン。上の方は段差が大きくて、危ない気がした。下りるよ、上には何もないから。“あ、下りるの? そうね、こっちからでも行けるしね”
先を歩くドビン。ついていく私たち。目の前に見る尾道城(?)。なんかすごかった…。遠くから見たら『おおー、城だよ、城』な感じだったけど。まァ、でも見られてよかった。うん、何事も百聞は一見にしかず。
あっちに行ったり、こっちに行ったり。それでも私たちが帰る道を、ドビンは案内してくれていた。出会った場所から、結構来てる。このままどこまで来てくれるんだろう。いつもドビンはどこで過ごしているんだろう。
山を下りたら、車通りもある。大丈夫なのかな…。ここでいいよ。たくさん一緒にいてくれて、本当にどうもありがとう。そう言いかける私の口を押さえるように、ドビンは全部を言わせない。先をどんどん歩いて行く。
土堂小学校が見えてきた。その脇の階段を下りたら、スタート地点のゴール。映画にも出てきた有名な坂道。すれ違う女性二人。ウォーキング中かな。地元の人たちみたいだ。
彼女たちと一緒に、山に戻ったらいいんじゃないのかな。そんな私の勝手な思いは綺麗に無視して、ドビンは分かれ道を左に折れた。彼は右の階段を降りていく。
ドビンにどうしても『ありがとう』って言いたくて。彼女が進んだ細い道をついていってみた。
ねえ、そっちは誰かのおうちだよ。ドビン、私ね、もうこっちに行かなくちゃいけないの。ここまでどうもありがとう。ちゃんと帰ってね。またね。
半分逃げるみたいに、早口に言って、彼の背中を追いかけた。急な階段を駆け下りる。
足音がついてきた。土堂小学校の校庭に入っていくドビン。これ以上一緒にいたらいけない。そんなふうに思って、もう振り返らずに、彼のところまで歩いた。彼の腕を取って、早足にまっすぐ、陸橋を渡って、アーケードの商店街に出た。もう足音は聞えなかった。
海の前の道に出て、駅のロッカーに放り込んだ荷物を取りに向かいます。もう暗い道。彼と並んで歩きながら、涙が出るのを止められなかった。ドビンは絶対、幸せだよね。そう思わなければ、どうにもならなくて。勝手にいろいろ考えて、勝手に泣いてるだけだよね。バカだよなァ、私。
ドビンは尾道が大好きで、みんなに愛されて、とても幸せに暮らしてるんだ。だからドビンはずっとここにいるんじゃないの。
ずっとずっと幸せでいてくれたら
また会えるといいな
ドビンのことを思う。楓を見る。…涙が少しおさまります
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