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スティルインラブとアドマイヤグルーヴ [MY SWEET HORSES]

 彼女の話を、こういうタイミングで書くことになるとは思ってもいなかった。
 Yahoo!のトピは、知りたくないことも知らせてくれる。知りたくはなかったけれど…知らずにはいられなかったろう。知りたくはなかったけれど……すぐに知ることができて。よかったのだと思っている。本当は。

 3冠馬の世代は、“弱い世代”と言われることもある。1頭が抜きん出て強く、ほかの子たちのレベルは総じて高くない、という見方だ。確かに…わからない話ではない。コースも距離も時期も違うGIを、3つすべて勝つ、というのは並大抵のことではないからだ。
 強さはもちろん必要だが、少しの運と、そして相手との力差が関係してくる。強い子がもう1頭いたら、成長の度合いが違っていたら、秋の1冠をも手に入れるのは本当に難しいことなのだ。

 1986年のメジロラモーヌ以来の牝馬3冠を成し遂げたスティルインラブの世代は、“弱い世代”だっただろうか。







 2002年11月にデビューしたスティルインラブは、単勝1.7倍の人気に応え快勝する。まだ目覚めていないとはいえ、ここで破った馬の中には後に天皇賞馬になるヘヴンリーロマンスがいる。
 年明けの京都、紅梅ステークスで2勝目。ここでの1番人気は前走・阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)3着のシーイズトウショウ。彼女はスプリント路線で、その才能をいかんなく発揮。息の長い活躍で重賞5勝を上げる(ほか桜花賞2着、高松宮記念3着など)。
 彼女を3着に退けての勝利にクラシックへの期待が高まるが、続くチューリップ賞(GIII)でオースミハルカに敗れる。“大物食い”な印象が強い彼女は、桜花賞、オークスで結果を出せず、傷心の夏競馬、札幌のクイーンステークス(GIII)で、52キロの恩恵はあったが、ファインモーション、テイエムオーシャン、ダイヤモンドビコー(ともに58、59、58キロという酷量)というGI級の先輩牝馬を破っている。

 ここまででも十分。彼女の世代は決して弱くないことがわかる。オースミハルカは全6勝のうち、4勝が重賞勝ち(ほかエリザベス女王杯2年連続2着など)である。



 迎えるクラシック1冠、桜花賞―。トライアルのチューリップ賞で伏兵オースミハルカに敗れたこともあり、牡馬クラシック路線を歩んできたアドマイヤグルーヴに人気を譲る。
 生涯のライヴァル、アドマイヤグルーヴとの初めての対戦である。



 アドマイヤグルーヴ
 言わずと知れた、あのエアグルーヴの初子。大種牡馬サンデーサイレンスとの子。誰もが夢見る血統の持ち主。母より細身の彼女だったけれど、凛とした美しさに、隠し切れない気品が漂う。

 スティルインラブのデビューより3週早い京都の芝1800メートル。天皇賞馬の母の力強さを体現するように、彼女は牡馬との戦いを選んだ。この年、一番の期待と注目を集めた彼女は、単勝1.2倍の圧倒的支持に、上がり3ハロン33秒9の数字で応えてみせた。
 続くエリカ賞では1.1倍に応えて2勝目を上げ、皐月賞トライアル・若葉ステークスでは、共同通信杯(GIII)勝ち馬ラントゥザフリーズを人気も抑えて勝利を飾った。








 「桜花賞は、チューリップ賞負け組なんですよ」
 そう言った相方は、スティルインラブに絶対の自信を持っていた。武豊騎手びいきの私の前で、「残念ですけど。勝つのはスティルです」と笑った。

 不思議なもので。牝馬のレースには、レースからイメージされる存在がある。桜花賞は可憐で優しいイメージ、オークス(優駿牝馬)は“樫の女王”と呼ばれることもあり、気高く誇らしげな、桜花賞が“姫”なら、オークスは文字通り“女王”クイーンのイメージがある。

 アドマイヤグルーヴは、勝気でやんちゃな印象が強かった。男馬に負けない、怯まないのは、相手を牡馬だと意識していないからだ。その気持ちは、時に爆発力となり、時に激しさとなる。うまくコントロールできないことがある。
 ある程度のレベルまでなら、難しさも鞍上がカヴァーできるときもあるけれど、GIのようなさまざまな思惑が絡まり、大勢の観客の意識が渦巻く中では、予期せぬできごとも起こり得る。すばらしい能力を持った馬でも、自身の難しさの前に、力を発揮できずに終わることも多々あるのだ。

 対するスティルインラブは、綺麗な子だった。毛並みの良さや物腰の柔らかさ。女の子らしいかわいらしさ。姫にふさわしい存在。距離適性もオークスより桜花賞の方が合っているように思えた。
 おっとりしたおとなしさは、鞍上の指示に素直であることにつながる。力をコントロールできるというのは、力を余すところなく出すことができる、ということだ。チューリップ賞は2着に敗れたけれど、彼女はそれを経験として成長できる存在だった。

 アドマイヤグルーヴは、母そして祖母が制したオークスのために育てられてきた子だ。ここを落としても、という気持ちが覗かないではなかったけれど、母エアグルーヴの無念を思えば、やはりどちらも手に入れてほしいと強く思った。

 一足早く“女王”の冠を授けられたのは、阪神ジュベナイルフィリーズを制した“2歳女王”ピースオブワールドだ。
 デビュー勝ちから全勝でGIを制した彼女。阪神ジュベナイルフィリーズのパドックで、ゲート前で、2歳の女の子があれほどまでに落ち着いていられるのか、と驚いたことを思い出す。
 大人びた瞳。静かなオーラ。立ち姿も堂々として、とても美しい子だった。彼女の桜花賞を心から楽しみにしていた。無事ならたぶん。2番人気は彼女のものであり、桜姫の冠に最も近い場所にいたのも彼女だったろうと思う。

 その彼女が不在の桜花賞で、最も桜にふさわしい存在は、スティルインラブだったのだ、と今は思う。アドマイヤグルーヴではなく。









 オークスでは、私と同じように夢を見たひとが大勢いたのだろう。桜花賞で3着に負けたアドマイヤグルーヴが再び1番人気に推された。最後の直線、大外を飛んできたあの脚を、府中でもう一度見せてほしい、と願い、祖母、母に続く樫の女王戴冠をこの目で見たいという夢を。
 この日、私は初めて東京競馬場を訪れた。何もかも初めてのオークスだ。
 スタンドから左に見下ろすスタート位置。アドマイヤの勝負服を目で追う。ゲートの後ろでチャカチャカしているのが見える。テンションが上がっているようだ。大観衆のスタンド前発走となるオークスで、輪乗りからキリキリしているようでは先が思いやられる。それでも鞍上・武豊騎手を信じ、もちろん彼女自身を信じ、祈る気持ちでファンファーレを聞いた。

 出遅れた。

 桜花賞でもヘグッていたけれど、今回は致命的だった。これをカヴァーできるのは、稀代の名馬も厳しいというミスだった。どよめきの残るスタンド前を、蹄音をとどろかせて彼女たちが走っていく。致命的なミスでも、もう追いつけないと諦めたくなるギャップでも。やめるわけにはいかない。

 中団を綺麗に走るスティルインラブが、危なげなくオークスを制した。桜姫が樫の冠をも手に入れたこの年、牡馬もネオユニヴァースが皐月賞、ダービーの2冠を達成した。

 スティルインラブがゴール板を通過して、幸騎手が歓喜のガッツポーズでスタンドを振り返る頃、アドマイヤグルーヴは7着でゴールした。ほとんどいいところなどなかったけれど。しんがりから入った最後の直線、一生懸命駆け上がる彼女の姿に“今度こそは”の思いは強まった。うなだれ、肩の落ちる結果でも、アドマイヤグルーヴへの気持ちに変わりはなかった。
 出遅れて、真っ向勝負はならなかったオークス…内容は完敗だった。スティルインラブは本物だ、と思い知らされた。彼女の強さ、たおやかさ。しなやかな完成度。今のままでは勝てない、と思ったけれど。
 アドマイヤグルーヴは、まだまだ強くなる、と少しの曇りなく。彼女を信じていた。









 秋初戦、秋華賞トライアル・ローズステークス(GII)で彼女たちは再戦する。
 2冠馬となったスティルインラブに、ファンの期待は高まる。アドマイヤグルーヴとの対戦では毎度人気を譲っていた彼女だったが、ここで初めて1番人気(単勝1.9倍)に支持された。
 夏を越して、22キロ増えた体に戸惑ったのか、スティルインラブは5着に敗れる。初めてスティルインラブに先着したアドマイヤグルーヴが秋初戦を飾り、最後の1冠獲得へ向け、好スタートを切る。

 秋華賞
 歴史の浅いレースとはいえ、“牝馬3冠”がかかっている。それにもかかわらずスティルインラブは、またもアドマイヤグルーヴに人気を譲った。前走5着も響いただろうけれど。アドマイヤグルーヴに対する期待の高さがここでもうかがえる。

 桜花賞、オークスと出遅れたアドマイヤグルーヴだったが、秋華賞は綺麗にスタートを切った。すんなりと中団につけ、スティルインラブのすぐ後ろを走る。完全マークの態勢だ。
 オークスでは、直線半ばで完全に突き放された。スティルインラブの強さは本物だ。けれど、最後のキレは絶対にアドマイヤグルーヴに分がある。そこに賭けるしかない。置かれずについていき、スティルインラブより一拍ためてGOサインを出す―キレは負けない。ゴール前、今度は差し切れるはず―
 絶対にGI馬にならなくてはならない宿命を背負う彼女、導くために武豊騎手は自身が思ったとおりのレースをし、それに彼女も応えた。

 それでも。勝てなかった。追い込んだ脚は、一瞬アドマイヤグルーヴが上回ったけれど。馬体を併せようとする彼女を、ゴール直前でスティルインラブは振り払うように、さらに前に出た。

 メジロラモーヌ以来の“牝馬3冠”達成。弱い世代では決してなかったと思う。











 “4冠”を目指すエリザベス女王杯。外国から2頭が参戦、15頭出走のうち7頭が3歳馬だった。スティルインラブ、アドマイヤグルーヴとも秋華賞からのレース。3冠馬となったスティルインラブは、GIレースで初めて1番人気を獲得した。

 「これでも勝てないのか」と思わされた秋華賞から、わずか1カ月。人気も示すとおり、スティルインラブ磐石、の感がある。しかし。そのわずか1カ月の間に、アドマイヤグルーヴは、まるで別馬かと思うほどの成長を見せた。

 女の子らしいほっそりとした体格に、かわいらしい顔をしていた。母のようなオーラは彼女にはない。やんちゃな、わがままお嬢さんは、敗戦で学び、夏を越え、勝利に喜び、そして完敗した。あの負けが、アドマイヤグルーヴを一際大きく成長させたのだと今は思う。

 スマイルトゥモローが引っ張るレース序盤。スティルインラブは、いつものように綺麗に走っている。その少し後ろをアドマイヤグルーヴが走る。秋華賞と、そう変わらない。
 向こう正面で坂を上がり、3コーナーを回る。スティルインラブが少しスピードを上げ、アドマイヤグルーヴは外をスルスルと追うように上がっていく。

 直線の入り口から“よーいどん”の笛が鳴らされたかのように、一斉にスパートがかけられる。スティルインラブの前には緑の芝があるだけだ。タービンが回ったときのスピードが他の子とは違う。グイグイと伸びてくる彼女の隣を、外から一気にかわそうとするプレッシャーが現れた。

 アドマイヤグルーヴだ。3コーナー途中からスピードを上げ、そのまま直線に入っていた。タービンが回ったスティルインラブに並ぶと、競り合うことなくクビ差、前に出た。馬体が合い、そのままゴールまで。

 抑えきった。ゴールでの着差は“ハナ”だった。
 それでも。アドマイヤグルーヴが初めてスティルインラブを力で抑えた勝利だった。





 直線で、そのスピードが鈍ることはなかった。ただひたすらまっすぐに、ゴールを目指して走った。
 1カ月前、どんなに距離が延びても。その差が縮まることはないだろう、と思わされた。オークス以上に、秋華賞は完全に負けた、と思った。

 わずか1カ月で。彼女は3冠を制した彼女に勝利した。
 その勝利もまた。完全な勝利だった。












 もう1度、勝ってほしかった。あの輝きと美しさを、もう1度見せてほしかった。
 勝ってほしい、と心から思う私の前で。もう1度だけ、勝ってほしかった。











 たった1頭の。彼女の子。
 今はただひたすら。無事に大きくなってほしい、と願うだけ。


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コメント 4

競馬はよく知りませんがスティルインラブのご冥福をお祈りいたします。
仔馬、頑張って欲しいですね。 
競走馬は勝たないと先がないですから...  頑張れ!
by (2007-08-14 10:34) 

柊なお

 シンナツさ~んッ
 とても綺麗な子だったのですよー。スティルインラブ。
 3歳時に牡馬も牝馬もクラシックに挑戦するのですが、スティルインラブは3歳にどんどん成長して、完成して。アドマイヤグルーヴは3歳の半ばから伸びて。
 秋華賞とエリザベス女王杯は、本当にすばらしいレースです。どちらかいえば、秋華賞って、若いレースなので軽視されがちなんですけど…。秋華賞は夏を越して強くなった子が勝つレースなので、古馬(4歳以上)になってから活躍する子が多いのです。
 無敗で制したファインモーションは、同年のエリザベス女王杯も制しました。スイープトウショウは、後に宝塚記念も勝ったのですよー。

 アドマイヤグルーヴも、夏を越して強くなっていました。ローズステークスでは勝ったわけだし。それでも秋華賞のスティルインラブは強かったんです。すごかったです。

 牝馬は、1年に1頭しか子どもを産みません。もっとたくさんの子を見たかったです。本当にとてもとても残念です。どうしてこんな、と思わずにいられない。

 たった1頭の子は、父キングカメハメハ。志半ばでレースを諦めざるを得なくなった子です。ものすごく強かったですよ。ディープインパクトと同じ馬主さんなのです。
 走ってほしかったな。ディープインパクトと。

 本当に無事に大きくなってほしい。勝ってくれたら最高ですね♪
by 柊なお (2007-08-14 15:02) 

競馬ネタにはきっちり噛み付く放蕩息子さんの登場ですよ。

スティルは馬券相性のよくない馬でしたね。
牝馬三冠にエリ女とすべて外して買ってましたから。
外して買っていい思いしたのはローズSくらいかな!?
秋華賞快勝・・・なんとなくユタカは空気を読んだ乗り方にも見えたんだが。

相性の悪さはたぶん兄ビッグバイアモンの呪いですよ(爆)。
中山で見たときに「前の蹄の大きさ」の違いを指摘して、故障を危惧して、
神戸新聞杯で圧倒的人気で惨敗したにもかかわらず、
余裕で馬連万馬券を的中させてしまったからね。
まぁそのときお世話になったシロキタクロスのおかげで、生産牧場と懇意にしてもらってるんだけど、
そのシロキタクロスも神戸新聞杯勝利が最後の勝ちクラ。
菊花賞出走予定も直前で熱発で回避。
仕切り直しするもエビでリタイアでしたからね・・・

その後の成績不振は、一種のバーンアウトみたいなもんかなぁとも。
小倉出走時にパドックで見た友人は、「とても走れる状態ではない」だったんだと。
ラモーヌみたいにスパっと引退できればこんなことにならなかなったのかもだけど、
古馬牝馬にもGIができた手前そうもいかなかったしねぇ。

唯一残ったキングカメハメハ産駒の牡馬は嫌でも騒がれるだろうね。
走るに越した事はないけど、カメハメハ産駒の成長の鈍さをささやかれてるだけに、
こればっかりはやってみないとわからないですよ。

いずれにせよ惜しい牝馬を亡くしました。
繁殖としての活躍を見たかったので残念ですね。
by (2007-08-15 13:52) 

柊なお

 放蕩息子さん♪
 毎日暑いですー。ロッテは何とか踏ん張ってますねえ…。久保くんの完投がホントよかった。竹原と一緒にお立ち台。初々しくていい感じでした~(ほう)

 さてさて。
 ワタクシも馬券はからっきしですよー。
 んもー、とにかくアドマイヤグルーヴからだったですもん。桜花賞でガクリ、オークスはもう必死で見てただけ、っていう。初めて行った府中だったのに。半分仕事だったので、ゴンドラから見せてもらったのですが、隣でおっちゃんが「ああ、ありゃダメだな」って。発走前に!

 「そんなことないよ!」と頑張って反抗してましたが、出遅れ(大泣)

 武坊…秋華賞では、そうだったのかな……うう~む。まあ、でもわからないではないですよね。うん。

 ずっと女の子だけで走ってたから。牡馬と一緒、に戸惑ったのかな、って。
 早く成熟した子だと思うし。4歳ではお母さんになる準備をしちゃったのかもしれませんよね。いつかいつか、って思ってたけど。負ける彼女を見るのは、しんどかったです。

 こんなことになって…。今さら“もっと早く”なんて言えないけど。
 残念です。たった1頭だけなんて。無事でいてくれたら、と思います。
 勝ってくれたら、幸せだけど。静かに見守りたいです。
by 柊なお (2007-08-15 22:42) 

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