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ウオッカ [MY SWEET HORSES]

 初めてあの子を見たとき、なんてあの子に似てるんだろう!と思った。どこが、というのではなく、全体から発せられるオーラのようなものが、ただひたすら愛しいと感じたあの子に、とてもよく似ている気がした。

 当時、私は競馬という世界ととても近いところにいた。だから毎週、どこで誰が勝ち、どんな子がデビューし、どういうレースが行われたか、をたぶんふつうの人よりずっとよく知っていただろうと思う。
 そういう場所にいて出会った子だった。一目惚れだった。シンザン記念を勝ったタニノギムレットに、その年はすべてを賭けた。記念写真の苦手な子は、雑誌の表紙に白目を覗かせていた。

 春先は出来事が多かった。何よりも武豊騎手の骨折は大きなアクシデントだった。
 スプリングSを四位騎手で勝ったけれど、皐月賞は不安だった。あの競馬では届かない、と彼のレースを見て思っていた。絶対にそれはやらないでくれ、と痛いほど願っていた。それをやらなくてはならないとしても、でも、それじゃあ勝てないんだ、と死ぬほど思っていた。
 同じブライアンズタイム産駒が、いきなり勝った皐月賞だった。

 5月の府中に出かけた。あの子にどうしても会いたくて出かけた。パドックでは、はしゃぐように首を振って歩いていた。チャカチャカしているのが、ふだんのあの子だから、心配はなかった。
 戻ってきた武豊騎手を背に、どういうレースになるのかドキドキしていた。無事に帰ってきてくれたら、とそれだけを思いながら、先頭でゴール板を過ぎてくれたら最高に幸せなんだけれど、と贅沢に思っていた。

 直線で前をさばけず、2度ふさがれたのが見えた。ああ、もうダメだ、と思っても、諦めないで追い込んできた。長い審議の後、電光掲示板に赤いランプが灯る。確定した順位は皐月賞と同じだった。



 迎える東京優駿。青葉賞を武豊騎手で勝ち、ダービーへの切符を手にした“遅れてきた大物”シンボリクリスエスを1馬身離して完勝した。広い府中の直線を、あの子は堂々と走り抜けた。『ああ、それだ』と、心の底から思う。表彰式で空にかかった虹が、彼に王冠を授けてくれたようだった。

 夏休みを過ごし、もう少しで栗東に戻ってくるという記事を読んだばかりだった。雑誌には、あの子の馬房に施された、暑さ対策などのいろいろが紹介されていた。誰もがみんな、ダービー馬が秋にどんな走りを見せてくれるのか、楽しみに待っていた。

 北海道から。あの子が戻ってくることはなかった。




*****






 阪神ジュベナイルフィリーズを制し、年が明け、順調に桜花賞を迎える。ライヴァルはただひとり。チューリップ賞で接戦を演じたダイワスカーレットだけだ。
 クビ差の結果だったが、後ろから飛んできたウオッカには余裕が感じられた。もともとマイルより長い距離の方がいいんだろう、という予測もあった。父のこともある。この時点で私は、彼女が“樫の女王”になることを思い描いていた。

 だから桜花賞は残念だったけれど。やはり、という思いもないことはなかった。そして、府中の2400メートルは“絶対”という気持ちに変わった。

 オークスの登録に名前がなかった。見落としている間に、今度は凱旋門賞挑戦の話が持ち上がった。慌ててネタを集めると、ダービーに登録するという。

 「何がどうなったら、いきなりダービーなんだ!?」

 信じられなかった。なぜオークスに行かないのか、なぜここでダービーなのか。理解できなかった。桜花賞をぶっちぎり、3歳牝馬に敵ナシ、というのならまだわかるが、2着に負けている。ダイワスカーレットも当然2冠を狙って出てくるのだし、再戦は絶対だという気持ちもあった。
 私自身はとにかく。“オークス馬”の称号を彼女に手にしてほしかったから、ダービー挑戦、という陣営の英断を、素直に受け止めることができなかった。

 何が不満なのか、と。オークスの舞台を、軽んじてほしくなかった。
 しばらくは実は。怒りすら感じていた。







 ダービー当日―

 紅一点。
 パドックで、白いゼッケン・3番を着けたウオッカは、ほかの牡馬に影響を与えないために最後尾をゆっくりと歩いていた。480キロを超す馬体は立派で、牡馬に見劣りしない。アドマイヤオーラは細く見え、ナムラマースの様子も少し弱々しく映った。
 発汗はあったけれど、大きく周回するフサイチホウオーは、堂々とした風格でさすがのひと言だった。まともに走られたら、この子が一番なのだろうなと、ノンキに思っていた。

 地下馬道を通り、本馬場へ入る。白い誘導馬に従い、1頭ずつ現れる。引き綱を外され、弾けるように待機所に飛んでいく子がいる。首をグッと曲げ、気合を見せる子もいる。のんびりと周囲を見、鞍上の合図で駆けだす子もいる。
 その中で、ヴィクトリーだけは、いつまでも2人引きのままだった。映されるしぐさそのものは、それほどイレ込んでいるようには見えないのだが、装鞍所からかなりテンションが上がっていて、という話だ。

 レース展開などを話しつつ、時間を待っている。ウオッカは特に気になる点もなく、とても落ち着いているようだ。スターターが登場し、ファンファーレが鳴る。スタンドが揺れる。
 ゲート入りが順調に終わり、係員が離れた。ゲートが開いた瞬間から、私はもうウオッカしか見ていなかった。



 直前、アドマイヤオーラとタスカータソルテの鞍上が替わった。アドマイヤオーラの武豊騎手が降板になり、タスカータソルテに騎乗していた岩田騎手が呼ばれたのだ。それを受け、タスカータソルテの騎手がいなくなり、藤原調教師が武豊騎手に依頼した、という流れだ。
 確かに、現在リーディングトップは岩田騎手だ。乗り鞍も飛び抜けて多い。豊騎手は8位。40勝というペースは近年になく遅い。そして期待された皐月賞で4着に敗れた。上位3頭と少し離された4着だった。フサイチホウオーの出方を見過ぎた感は否めない。

 降板させる理由として、オーナーに不足はなかったろう。それならばもっと早く、皐月賞直後でもおかしくないのではないか。ギリギリの乗り替わりは、気分のいいものではない。

 面白くはない事情だが、このことでどういうレースを見せてくれるのか、という興味はあった。武豊騎手がどう挑むのか、見届けたいと強く思った。岩田騎手の手綱さばきも。

 そしてフサイチホウオーが、直線でどう弾けるのか。どんな脚を使うのか。タービンが回る瞬間を見せてもらえるかもしれない、という期待もあった。

 すべての子の無事を祈り、大好きな子が一番に駆け抜けてくれる贅沢を夢見る。
 いろいろな興味のあったダービーなのに。目はひたすらウオッカの姿を追っていた。





 内枠を引いていたから、包まれる可能性はある。それほど前には行かないだろうと思っていた。直線で前がふさがっていたら、無理はしないで開くまで待って、と四位騎手に願う。
 大丈夫だから、と不安を隠すように思う。でもどこか、ウソじゃないと自分でも思う。自信があるわけではなかったけれど、自信が全くないわけでもなかった。大丈夫、と何度も思う。

 道中は中団より、やや後ろだった。フサイチホウオーは少し行きたがっているように見えた。ヴィクトリーはテンで余計な脚を使ってしまった。アサクサキングスは、いい調子で先頭を走っていた。
 ウオッカは全く動じることなく、自分の走りに集中していた。

 大ケヤキの向こうを回り、直線入り口に差しかかる。横に広がる馬群。進路が広くなる。前が開いた、と思った瞬間、狭いところにグイとウオッカは一歩目を踏み込んだ。
 抜け出してくる脚は、もう誰にも負けないと一瞬でわかるものだった。前にはまだアサクサキングスがいたけれど、並ぶのは時間の問題だった。すぐだと思った。
 フサイチホウオーを置いて出て、アドマイヤオーラが外から上がってきたけれど、全く心配はいらなかった。こんなにも早く、勝った、と思ったのは本当に久しぶりだ。抜け出す瞬間にはもう、わかっていた。
 ―ああ、あの子が勝つんだ、やっぱり府中の2400メートルで、と。







 感無量。
 父と同じ3番で、ダービーを制す。

 今はただ、あの子が無事に夏を過ごして、元気に秋を迎えてくれることだけが望み。


 こんな強い子がいるんだ!と、ゾクゾクさせてくれたシーザリオ。
 敵ナシだな、とスルリと思ったカワカミプリンセス。
 ウオッカには、完全無敵な印象はない。それでも強い。
 そこが彼女のすばらしいところだと思う。理由は…よくわからないけれど。



 ヘルメットを取って、お辞儀をする四位騎手の姿に、秋の天皇賞を制したヘヴンリーロマンスの馬上、松永幹夫騎手(現調教師)が浮かんだ。
 あの時は、掲示板の奇数を牝馬が埋めたのだ。華々しい舞台が似合う彼女たちの輝きに、ウットリした。

 NHKマイルCを制したピンクカメオ。3歳牡馬は形無しだが、まだこれからの子たちなのだろう。気長に待っていよう。強いオンナの熱い戦いを、秋にまたジックリと見られることを楽しみに―。
 次は古馬。いいレースを期待して。














オマケ
私がどんだけタニノギムレットを好きか自慢(?)

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コメント 4

純粋にいいモノが見られましたという安堵感に包まれながら府中から帰ってきましたよ。
なによりウオッカの強さばかりが引き立ったレースでしたね。
オークスの勝ちタイムがダービー並み。
ならそのローブデコルテを相手にしなかったウオッカなら、牡馬相手でも好勝負は可能と思ったんだが・・・いやいやすごかったわ。
まぁそのあたりの観戦記を上げたのでよしなにであります。

スタンドでの会釈は「勝ったらやれ」というお達しが出てるだろうから普通に見てました(汗)。
皇太子に安倍総理(アッキーつき)来場だったもんだから、織田裕二の存在の薄いこと。
by (2007-05-28 01:49) 

アキ

はじめまして☆こんにちは

私もオークスを軽んじてほしかったから結構ダービー制覇は微妙です。

でもやはり日本競馬会はダービーを中心に考えてる印象があるから…。

私は去年のカワカミプリンセスがダービー出てたら必ず勝っていたと思いますよ!!


また遊びに来てコメントします。
by アキ (2007-05-28 09:03) 

もものあ

こんにちわ。
ダービー馬はダービー馬から・・・それが娘だったなんて(n_n)
府中の直線、鳥肌を立てながら、思わず叫んでいました。
タニノギムレットに良く似た娘は、父と同じ枠番で
東京優駿のゴールを一番最初に駆け抜けました。
すばらしいの一言です。
いいものを見ました。(n_n)
by もものあ (2007-05-28 10:24) 

柊なお

 放蕩息子さん、こんにちは~♪
 ええ、もうホントに。よいモノをご覧になりましたわーッ くううう、うらやましいッ
 と、しみじみ思ったりした日曜日の夕方だったのですが、最近のワタクシというヤツは、ハンパなく涙もろかったりするので、当然のことながら、ひとりテレビの前で号泣しておりました(←思い出すとコワイです…自分で)。
 なので、たぶんに危険だな、と。オークスは行くつもりでいたのですが、オークスなら「ヨシッ」とガッツポーズを取れたはず(うむ、たぶん大丈夫かと←自信なし)

 チューリップ賞までの彼女のレースぶりは、ほかの女の子たちがかわいそうになる感じだったですからねえ。次元が違う、ケタが違う、いろいろ言われる通りの。
 直線突き抜けてくるウオッカ。思い出すとドキドキしますわあ。NHKで見てたのですが、『フサイチはまだ来ない』の実況を聞いた時点ですでに、勝ったと思いました。最後まで毎回心配でならないワタクシなので、異常に早い勝利確定です~。それぐらいすごかった。
 ディープインパクトですら、『ディープインパクト先頭!』の後、完全に抜け出すまで不安だったんですよ(どんだけ心配性やねん、と)

 なんていうか。皇族の方がいらっしゃるような華やかな舞台には女の子の方が似合うのかもしれませんねえ。ジョッキーもミッキーと四位で。どちらか言えば上品なタイプ(笑)
 う~む…でもいつか。武坊にやってもらいたいッ(熱望) んもー間違いなくカッコいいはず(ウットリ)

 織田裕二…来てたのですね。全く触れられずですよ、テレビだと(フジは紹介したかもですが)。ちょっと気の毒だなあ。安倍総理に関しては馬券まで当たったとか。不思議です。

 アキさん、はじめまして~。こんにちは♪
 ホントに。最初ダービー挑戦、って聞いたときは「オークス、なめんな」と思っちゃいました。
 絶対に勝ってほしかったんですね、府中2400メートルで。でもジャパンCじゃダメなんです。3歳限定のレースでないと。
 絶対勝てる、って思ったし、それを蹴ってまで、なぜダービーに行くのか理解できなかった。結果フサイチホウオーは力を出せずに終わってしまったけれど、あの子の力はやっぱりダテじゃない。

 持っている力をしっかり出せるかどうかも“実力”なんですけどね…。

 カワカミプリンセスはすごかったですね~。あの子のパフォーマンスは飛び抜けてた。秋が楽しみだったけれど、誰も勝てないだろうな、って夏前から思わされて。
 エリザベス女王杯は残念な結果で、年明けぶっつけでヴィクトリア・マイルに出て惨敗して。

 でも強いと思います。あんなものじゃない。しっかり立て直して。間に合うなら宝塚記念に出てきてほしいです!!

 ぜひぜひ♪ またいらしてください~!!

 さとりんさん、こんにちは♪
 『ダービー馬はダービー馬から』
 NHKでは、ジャングルポケット産駒とタニノギムレット産駒の5頭です、と紹介してくれました。そう、ワタクシも気になって調べていたのです。タニノギムレット、3頭もダービーに出走させてきたのです~!!! すばらしいッ

 ウオッカは一番、父に似て。顔つきはもちろん毛色とか、そして全身のオーラ。でも女の子な優しい顔をしていますよね。タニノギムレットはギョロギョロして、ウガーな口を開けてみたりとか。
 口取りの写真とか、たくさん見たのですけど、んまーブッサイクな子もいるんですよう。馬着の紐を引っ掛けてたり、ウキーの歯むき出しとか。ディープインパクトは“おぼっちゃまくん”だけあって、かわいらしい写真ばかりでしたわあ。

 何だかすごいふつうに予感めいたものがあって。レースが始まる前に、ああ、今日はビデオに入れておいた方がいいかな、とか。記念すべきレースになるぞ、なんて思ったりもしたのです。もう一度見たい、って思う気がして。
 本当にいいレースでした。すばらしかったv
by 柊なお (2007-05-28 15:37) 

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